12月, 2011 | エフ カウンセリングオフィス

2011 ,12月

言葉の罠

2011年12月31日

ブログを始めて早くも一か月が過ぎようとしています。ここまで書いてきて、言葉というのは本当に難しいと実感しています。 自分の思っていることを正確に表現するなんて不可能に近いんじゃないかと思えるくらいです。言葉というものは確かに便利なものではあります。 その反面、使う人によってはその言葉の「意味」が全く同じとは限らない、という厄介な面もあるわけです。 一人の人間がある言葉を使うときでも、その時の気持ちによって言葉の意味合いが変わってくることもあるでしょう。そして言葉は姿や形といった「実体」がないにもかかわらず、人の記憶の中に沈着してその精神を壊してしまう凶器ともなりうる。それが恐ろしいところだと思 […]


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自分の悩みの『値段』

2011年12月30日

おそらく多くの人がするように、私も悩みの渦中にいた時には 何冊もの本~ACや依存症についての~を読み漁りました。1冊読み終えると「なるほど、そういうことだったのか。」と納得できるのですが、 気がつくと今度はまた別の本に手を出して読み始めていました。そこでもまた自分なりに納得はするのですが、何か物足りない感じがいつもするのです。 本に書かれていることは確かにその通りだと思う。 心理学のプロの方々が日々研究を重ねて積み上げたことから導き出された「ある結論」。個々の本の内容については今ここでは詳しくは触れませんが、 書かれていることについては本当に私もそうだ思いました。 自分では絶対に気がつくことの […]


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心配と後悔

2011年12月29日

ブログを始める前は、自分はどちらかというと文章を書くのが得意なほうだと思っていました。何故かというと、子どもの頃は作文なんかも得意でしたし、大人になってからも何かを書くということで 特別に頭を悩ましたりということが無かったからです。ところが、いざブログを書き始めてみると逆だということがわかりました。 思っていること、伝えたいことをうまく言葉にできない・・・ぎこちない文章になってしまったり、 回りくどくなってしまったり、突然テンションが急降下してしまったり…。ほかの人の書いた文章にはすんなりと読みに入っていけるのに、 自分の思っていることを書こうとするとスラスラと言葉が出てこないのです。これは、 […]


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存在を認めてもらえないという怒り

2011年12月28日

この世で初めて個々の人間に「名前=人名」をつけることを思いいついた人は、一体どんな人だったのだろう?と思うことがあります。人間は、はるか昔に「言葉」というものを使い始めました。敵が近づくのを仲間に知らせるため? 獲物のマンモスが現れたのを仲間に知らせるため? 確かにそれもあるでしょう。でもそれは「言葉」を使わなくとも可能です。 現に多くの動物たちが「言葉」使わずに動作や鳴き声などの合図だけで 集団行動をしながら生きています。 人間はただ生き延びるだけではなく、自分という存在を誰かに認めてもらいたくなったのではと思うのです。 そして自分を認めてもらうためには誰かに近づいていく必要が出てきます。そ […]


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不完全燃焼の怒り

2011年12月27日

いつも何かに怒っている、何かに腹を立てている・・・。何を隠そう、かつての私がそうでした。>表面上はいつもニコニコして腰を低くしていました。 世間的には温厚な人、親切な人、優しい人で通っていました。でも心の中には怒りの嵐が吹き荒れていたのです。 他人の態度や言動が全て気に入らない、許せない…。なぜ歩きタバコをする?(煙がくさいんだよ!怒。) なぜポイ捨てする?(ゴミ箱あるのが見えないのか!怒。) なぜ車間距離を空けない?(事故るんだよ、危ないだろう!怒。)日常のこんな些細なことから、果ては政治経済やら世界情勢その他もろもろのことまで・・・ 恥ずかしいことに、いい年をした大人でありながら本当にこの […]


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他人の侵入から自分を守る

2011年12月25日

無人島でたった一人で生きていくのではない限り、人との交わりを 避けるわけにはいきません。 そこには言葉や態度による感情のやのやり取りがなされるわけで、 他人から傷つけられたり、また逆に他人を傷つけたりしてしまうことが出てきます。そして他人から傷つけられる時、なにかこう自分の心の中に土足で 踏み込まれ、 平穏な心の中をかき回される感じがするのは、私だけでしょうか? 今日はこんなことを少し考えてみたいと思います。 私が誰かに(仮にAさんとします)「傷つけられた!」と思ったとき、 他にどんなことが自分の頭の中に浮かんだかというと、例えばこうです。 「なんでそんな酷い言葉で言うわけ?」 「なんでそんな […]


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苦悩が姿を変えてゆく

2011年12月24日

今年も後わずかとなってきました。 本当に月日が過ぎるのは速いですね。読んで下さる人がいることが有難く、それを励みに文章にしてきました。 当時の感情や感覚を記憶だけを頼りに言葉で表現するのは、 想像以上に難しい作業でした。 膨大な出来事の中から、最重要だと思われることだけを厳選して、 自分の気持ちの変化を大雑把ではありますがなぞってみたつもりです。さて、これまでの自身の振り返り作業にここでひとまず区切りをつけたいと思います。 『本当の自分がすぐ目の前まで戻ってきつつあるのに、 そうはさせないという抵抗が自分の中に起きている』 この状態がしばらく続いたのですが、この葛藤はかなり強烈でした。ここを何 […]


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自分の気持ちはどこへいった?

2011年12月16日

このブログを立ち上げてから2週間が過ぎました。早いものですね。思いつくままに自分の今までのことを書き連ねてきましたが、読んで下さる方がいるというのはとても嬉しく励みになることです。どうもありがとうございます。今日は「自分の気持ちがわからない」ということについて考えてみたいと思います。私は子供のころから、自分の気持ちと体がうまく連動していないというか、思った通りにすぐ動けない、という違和感を感じながら過ごしてきました。その「自分の気持ち」というものが本当に「自分のモノ」であったかどうか、実は疑わしいのではないかと最近思うようになりました。「自分のモノ」でなかったから「体が動かなかった」そういう可 […]


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なぜACを抜けることができたのか?

2011年12月15日

寒い日が続いていますね。 今日は少し明るい話でも書いてみようかと思います。なぜ私がACを抜けることができたか?についてです。 一言でいってしまうと、人を信じることができるようになった、からです。 私はこれができるようになるまで40年もかかってしましました。 ここでいう「人」とは「他人」でもあり「自分」でもあるのですが。 「他人」とは、ネット上で知り合った人であったり、 実社会で出会った人であったり、いろいろな人であったわけですが、 どの人も、私がACから抜けたいと強く思って動き始めてから初めて出会った人たちばかりでした。溺れる者は藁をもつかむ、といった言葉がピッタリな感じです。 もう、私を助け […]


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失敗と成功の基準を自分で決める

2011年12月13日

「しまった、失敗した~!」と思うのはどんな時でしょうか? コーヒーをこぼしてしまった。 また食べ過ぎてしまった。 財布を家に置いてきてしまった。 ~さんに電話をするのを忘れてしまった。 今日も掃除ができなかった。 仕事でミスをしてしまった。 ○○をやってしまった~。 ○○をやることができなかった~。以前の私は、このセリフを一日に何度も何度もつぶやいていました。 私は完ぺき主義だから、自分に厳しいから。 自分に厳しいのは上昇志向があってポジティブだから。 そう思っていました。『失敗』の基準を多く作り出すことで『成功』できないようにしていたのですね、自分自身で。 私は親から褒めてもらうことがほとん […]


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