6月, 2013 | エフ カウンセリングオフィス

2013 ,6月

過酷なルールを課したワケ

2013年06月26日

              過酷なルールで自分を痛めつける・の続きです 前回は「自分を痛めつける過酷なルール」の代表的なものとして以下の2つを取り上げました。 「成功してはいけない」 「幸せになってはいけない」 今回は、話を分かりやすくするために、さらに一つに絞ってみます。 <幸せになってはいけない>というルール。 これを見ていきましょう。 さて、そもそもなぜこんなルールを自分に課してしまうのでしょうか? あなたはどうですか? 自分にこのルールを適用していますか? 「私にはこんなルールはないわ!」という方は、これ以上お読みいただく必要はないかもしれません。(あなたはとても幸せな人です!) そう […]


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過酷なルールで自分を痛めつける

2013年06月22日

            あなたには心当たりはないでしょうか。これでもかと思うくらいに自分で自分を縛り付ける、そのためのルールが自分の中に存在するということを・・・。恐ろしいことにそのルールは「自分を痛めつける」ものでなければならないのです。 たとえば代表的なものをあげてみると・・・。 ●成功してはいけない ●幸せになってはいけない これは、かつて私が自分自身に課していたルールでもあります。 成功してはいけない、ということはイコール「失敗しなさい」ということですよね。 このルールを自分の中に作ってしまうと、なぜか失敗するように行動してしまうのですね。もちろん、「さあ、失敗するぞ!」と張り切って失 […]


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「悩み克服」の先ってどうなってるの?

2013年06月19日

いろいろな人から、頻繁に尋ねられます。 「ACを克服すると、何がどう変わるのですか?」と。 そして、こんなことをおっしゃる方も大勢います。 「変わった後のことが、全く想像できません。」と・・・。 尋ねられたことにはお答えするようにしていますが、これが難しいんです。 どんなに言葉を尽くしても、ピッタリな表現で伝えられている気がしないのです。<確かな変化があるのですが、それはとても奥深いところに起きています> とまあ、こんな風に書くだけでも薄っぺらいというか、恥ずかしいというか・・・。 言葉というものの限界を感じます。 それでも、思考錯誤しながらもうちょっと書いてみようと思います。 まず、誤解があ […]


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子どもが動いてくれない理由

2013年06月17日

あなたは「不登校問題が解決する」という言葉から、どんなことを想像しますか? お子さんが小学校、中学校、高校、大学、大学院あるいは専門学校・・・。 どのステージにいるかどうかで、思いつく具体策というのも違ってくるとは思います。まずは、あなたのお子さんの「不登校が解決した」場合を想像していただきたいんですね。 できるだけ具体的に、なるべくたくさん挙げてみてください。 どうでしょうか。 ざっと思いつくだけでも、いろいろありますね。 ・元の学校に戻って授業にでる。 ・転校して新しい学校に通う。 ・適応指導教室などに通いながら、中学校への進学に備える。 ・中学へは戻らないが、受験をして普通高校に進学する […]


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自分が嫌い

2013年06月14日

<自分が嫌い> この思いに悩んでいる人、意外と多いですよね。 自分が嫌い、自分を好きになれない・・・。 「自分のことが大好き!」と思える幸せな人からみたら、理解不能かもしれません。 なぜ自分を好きになれないの?と。 よく言われていることに、「自分をありのままに認めなさい」とか「自分を責めなくてもいいですよ」などというフレーズがありますね。そんなこと言われなくてもわかっていますよね、誰だって。わかっているけれども「できない」から苦しいんです。 自分の嫌なところが目についてしまう。 その嫌なところを、取り除こうと思っても取り除くことができない。 「どうしたら自分を好きになれるの?」 簡単なようで難 […]


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なぜ学校に行けないの?

2013年06月12日

  わが子が学校に行けずに(あるいは行かずに)家にいる。 この状況はつらいですよね。 たとえば、子どもが熱を出してしまい学校を一日休む。 こんな経験はあなたもあるかと思います。 一日がとっても長く感じはしませんでしたか?熱が出て具合が悪いのだからしょうがないことです。 でもでも、子どもが元気に学校へ行っている時にはわからなかった、なんだかとっても重い気持ち・・・。 そんな気持ちが湧いて出てきたのではないでしょうか。 熱を出して学校を休むだけでも気が重くなるのに、ましてや「不登校」ともなれば、その重さははかり知れませんね。不登校に至る経緯は100人いれば100通りだと思います。 でも「なぜ行かな […]


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見捨てられるかもしれないという不安感

2013年06月6日

 小さな子どもにとって、お母さんというのはとても大きな存在ですよね。 赤ちゃんのころはもちろんのこと、物心ついたころから、幼少期、青年期、そして成人した後も・・・。 お母さんが笑って自分を見てくれている。 それだけでも「安心」できるものです。たとえ特別な言葉をかけてくれなくとも、そこに笑って座っていてくれるだけでいい。 お母さんが私の存在を「ただ受け止めてくれている」それだけで十分なのだから・・・。そう思える人はどれだけいるでしょうか? あなたはどうですか? たとえば、あなたが何か失敗をやらかしてしまった時・・・。 ニッコリと笑って、ただただ受けとめてくれる人がそばにいてくれたら、とっても気が […]


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執着を手放すって・・・?(7)想いの再結晶

2013年06月1日

★執着を手放すって・・・?(6)残る想い・の続きです   手が届かない、手に入れることができない・・・。 そんなことはわかっているけれど、やっぱり諦めきれない。 「執着」する。 そして、そこには執着することの苦しみがあった・・・。 だから、執着を手放すことを試みた。 七転八倒の末、ようやく諦めがつく。 あるいは、ある種の絶望・・・。 そうしてようやく執着を手放すことができた。 あるいは「気が付いたら執着を手放していた。」 ところが、それでも<残る想い>がある。 なぜなら、自分にとって大切なものだから・・・。☆  ☆  ☆  ☆  ☆ このテーマでずっと書き綴ってきましたが、そもそも執着するとい […]


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