過酷なルールで自分を痛めつける | エフ カウンセリングオフィス

過酷なルールで自分を痛めつける

                             

あなたには心当たりはないでしょうか。
これでもかと思うくらいに自分で自分を縛り付ける、
そのためのルールが自分の中に存在するということを・・・。
恐ろしいことにそのルールは「自分を痛めつける」ものでなければならないのです。
たとえば代表的なものをあげてみると・・・。

●成功してはいけない
●幸せになってはいけない

これは、かつて私が自分自身に課していたルールでもあります。
成功してはいけない、ということはイコール「失敗しなさい」ということですよね。
このルールを自分の中に作ってしまうと、なぜか失敗するように行動してしまうのですね。
もちろん、「さあ、失敗するぞ!」と張り切って失敗するわけではありません。
行動を起こす前はむしろ「失敗しないように」細心の注意を払っているのです。
それでも結果として失敗してしまう。
自分で課したルールの恐ろしさはこういうところにあります。
もう一つの「幸せになってはいけない」。
これもキツイですね。
ある日偶然、「チャンス」という名の幸せが目の前に現れる・・・。
ところが、それをつかむことができないのです。
「いりません」と言って拒絶してしまうのです。
本心は「のどから手が出るほど欲しい」のにです。
「はい、いただきます」と言おうとしているのに、なぜか口から出てくるのは
「いいえ、いりません」という言葉なのです。
簡単に一例をあげてみましたが、あなたはどうですか?
このような経験はないですか?
自分を痛めつけるための過酷なルール。
それがいつの間にか自分の中に存在していた、という人も多いのではないかと思います。
意識してこんなルールを作った記憶はないのに、
気がついたらこのルールで縛られている自分がいた・・・。
なぜこんなルールができてしまったのか、理不尽な思いも頭をよぎりますね。
なぜ私だけがこんなにひどい目に合わなければならないのか?
私が何か悪いことをしたのだろうか?
このような怒りも湧いてきてしまします。
そして、原因を追究したくなりますよね。
思い当たるのは自分の成育歴・・・。
「親からの影響に違いない。」
そんなことを考える人も多いかもしれません。
すると今度は親を責めたくなる・・・。
ところが親を責めたところで失われた時間は戻らない。
そんな思いがさらに「怒り」を増幅させてしまします。
一方で、肝心の「過酷なルール」は相変わらず自分のなかに居座ったまま。
ココまでくると、運命の分かれ道に到着です。
進路が2つに分かれている地点にたどりつくのです。
進むべき道は2つに1つ。

●このままこのルールを自分に課して生きていくのか。
●それとも、このルールを潔く捨てる道を選ぶのか。

あなたはどちらにしますか?

過酷なルールを課したワケ・に続きます

 


Posted on: 6月 22nd, 2013 by エフ カウンセリングオフィス No Comments