母と娘の主導権争い | エフ カウンセリングオフィス

母と娘の主導権争い

                     

母親との関係がうまくいかなくて悩んでいる人・・・。
その具体的な内容は人それぞれだと思います。
あなたは娘の立場ですか?
だとしたら、自分の気持ちをわかってもらいたいと試みたはずですよね。
過去に何度も・・・。
あらゆる手段(実際には言葉で、ということが多いと思いますが)を駆使して、
説得を試みたのではないでしょうか。
「自分はこう思っている、なぜわかってくれないのか。」
この思いが通じた感じはありましたか?
おそらく、会話はどこまで行っても平行線、ズレたままだったのではないでしょうか。
むなしさというか、徒労に終わった感じがしますよね。
でも、あきらめずに再び試みる。
ところがダメ、通じない。
結局その繰り返し・・・。
なぜこのようなことになるのか。
いつも会話がかみ合わないままなのか。
それは、「あなたがどう思っているか」が焦点ではなくなっているから、です。
会話がかみ合わない、ズレたまま、平行線。
このような状況に陥っているときというのは、「どっちが正しいか」に双方の意識が向いているときです。
つまり「勝負」なんですね~どっちが勝つか負けるか。
ですから、相手の意見(とか気持ち)を認めた時点で、「自分が負けた」ことになるわけです。
相手に負けないためは、自分の意見(とか気持ち)がいかに正しいかを力説する必要が出てきます。
これを母と娘、双方でやりあうわけですね。
何年も、人によっては何十年も・・・。
(気が遠くなりますねぇ)
これが、長きにわたる、母と娘の主導権争いです。
でも、勝負がつくことは決してありません。
不毛の争いなんですね。
なぜなら、いくらでも続けてしまうことができるからなんです。
恐ろしいのは、時間だけがどんどん過ぎていくということです。
あなたがどんなに力を注いて相手を説得しようとしても、まず、無駄に終わります。
目に見えない綱引きをしているようなものだからなんですよね。
負けることがイコール相手に屈服することに思えてしまう、だからやめられない。
そんな気持ちがお互いにあります。
でも、そこには何も生まれません。
ああ、またかという落胆と、時間を無駄にしてしまったという自責の念以外には。
相手を説得して、自分の気持ちを認めてもらいたい。
そうすることで、自分の中を満たそうとする。
それは確かにあなたにとって必要なことなのかもしれません。
でも、これまで費やした時間と労力を考えてみてください。
もう、あきらめてもよさそうであはりませんか?
自分を満たす方法は、ほかにいくらでもあります。
ただし、この<見えない綱引き=母と娘の主導権争い>をしている限り、
あなたはそこにとどまっているだけです。
自分を満たすための方法を見つけることができません。
思い切って、<見えない綱>を手放してみませんか。
争いから「降りる」ことは負けではありません。
勝つか負けるか、そうではない場所へ行くために、一歩階段をのぼるようなものなんです。
それが「母親を超える」ことにつながるんですね。
【老いては子に従え】という言葉がありますが、ドキッとしませんか?
主導権争いを手放したとき、全く別の世界が目の前に広がります。
これは母と娘の関係に限ったことではありません。
対人関係すべてに言えることだと私は思います。
勝ち負けにこだわることは、ある意味ラクかもしれません。
余計なことを考えずに集中できますからね。
でも、息苦しいし楽しくない・・・。
そんな感じがするのです。  


Posted on: 7月 6th, 2013 by エフ カウンセリングオフィス No Comments