執着を手放せない~(1)その大切な意味 | エフ カウンセリングオフィス

執着を手放せない~(1)その大切な意味

                   

「執着の苦しみ」を手放そうと努力してみる。
ところが、そう簡単にはいきません。
簡単には手放せないから、さらに辛さも感じます。  

●どうしたら執着を捨てることができるのだろう?
●早く楽になりたい!
こんな思いが湧いてくるのは「執着を手放せば苦しみから解放される」という一般認識があるからです。
その認識の底には「苦しみは良くないこと・避けるべきもの」という前提が見え隠れしています。  

●「苦しみ」は悪いことだから、それを生み出している「執着」も悪いことだ。
とまあ、こういう図式ができあがっているわけです。
もはや「常識」ともいえるべきお決まりの定番・共通認識となっています。  
ところがここで、とても大事なことが見落とされているような気がしてならないのです。
それほど苦しいのだったら、「簡単に手放せるはず」ではないでしょうか?

●それができないのはなぜか・・・?
こんな疑問が湧いてくるわけです。  

人間は危険を感じると、その危険に対して反射的に<防衛本能>が発動してはたらきます。
たとえば、熱くなっているフライパンに手を触れてしまった時、とっさにその手を引っ込めます。
身体だけでなく、気持や心にも同じことが言えると思うのです。
口汚い言葉でののしられると、思わず耳をふさぎたくなってしまって、
とっさに別のことを考えてみたりとか・・・。
こんな経験をしたことのある人、意外と多いのではないかと思いますがいかがでしょうか。
もし「執着の苦しみ」が自分に危険を及ぼすものであったならば、
防衛本能が働いてすぐにでも取り除こうとするはずです。
ところが、そうはならない。
むしろその逆で、手放そうとする努力に逆らってまで「執着がそこに居座る」。
ここには何か大切な意味があるのではないでしょうか。  
怪我をすると痛みを感じますよね?
なぜ痛むのか。
それは、「痛み」を感じることで、そこが「手当」を必要としていることがわかるからです。
痛みが「手当の必要性」を教えてくれるセンサーとなっているわけです。
生死にかかわる怪我をしたとき、仮に痛みを感じなかったとしたらどうなるでしょうか?
手当をせずに「放っておくことができてしまう」かもしれません。
それ以前に、怪我をしたということに「気がつかない」かもしれません。
そうなれば生死にかかわります。
死んでしまうかもしれません。
ですから、「痛み」というのは生きるための「命綱」のようなものなのです。
これがあることで、死の危険から命を救ってくれているわけです。  
執着することで、もれなく付いてくる「苦しみ」。
ここにも「痛み」がありますよね?
この「痛み」も、心が死んでしまう危険から、あなたを守ってくれようとしているかもしれないのです。
自分でも気がつかないでいる、自分の中にある「何か」。
その「何か」の存在を教えてくれているセンサーなのです。
見ないフリ、無かったフリをしてしまったら「心=自分」が死んでしまう。
それでは困る、それほど大切な「何か」なのです。
ですから、執着の苦しみは簡単には手放せないようになっているのではないでしょうか?
その「何か」はズキズキと激しい痛みを発することで、あなたに「手当」をしてほしいと訴えているのです。  

執着を手放せない~(2)執着の中身をのぞいてみる に続きます


【参考記事】
執着を手放せない~(1)その大切な意味 ※この記事です
執着を手放せない~(2)執着の中身をのぞいてみる
執着を手放せない~(3)執着が消える瞬間
執着を手放すって・・・?(1)諦められない!
執着を手放すって・・・?(2)手放す努力
執着を手放すって・・・?(3)捨てられないもの
執着を手放すって・・・?(4)希望
執着を手放すって・・・?(5)自由時間
執着を手放すって・・・?(6)残る想い
執着を手放すって・・・?(7)想いの再結晶
執着との訣別
執着の行きつく先は・・・(1)苦しみの正体
執着の行きつく先は・・・(2)私に欠けているモノ    

執着の行きつく先は・・・(3)パズルのピース 
執着の行きつく先は・・・(4)悪夢から目覚める


Posted on: 10月 8th, 2013 by エフ カウンセリングオフィス No Comments