評価されるのが怖い | エフ カウンセリングオフィス

評価されるのが怖い

                                               

人はこの世に生を受けて人生を歩み始めます。
では、自分という存在を確認するのはどのような手段によるのでしょうか?
それは「他者」によってです。

他者という存在を認識し、そして感じることによって
「自分」という存在を強烈に感じることができるわけです。

生まれた瞬間、最初に出会う他者は「母親」です。
母親から「評価されずに・値引きされずに」接してもらうことで、
安心して自分の存在を感じることができます。

ところが、この安定した安堵に満ちた状況が少しずつ変化していきます。
自分の世界における他者は母親一人だったはずが、登場人物が一人増え二人増え、
にぎやかになっていきます。
母親との安定した関係が揺らぎ始めます。

とくにその関係に衝撃をあたえるのが兄弟・姉妹の存在です。
母親としては公平に接しているつもりでも、受け取る側としてはそう思えない。
このようなこ認識は、いくらでも起こりうるのです。
なぜなら、自分というのはかけがえのない特別な存在ですから、
母親からも「特別に」扱ってもらいたい、
そう思うことが至極当然で自然なことだからです。

常に「大切に時別に」扱ってもらえないと不安を覚えてしまう。
兄弟・姉妹に「大事な位置」を取られてしまう!
こんな思いは小さな子供にとってはとても怖いことです。

成長するにしたがって、子供はそれぞれの個性を発揮しいくわけですが、
個性を「かけがえのないもの」として受け取ってもらえることが重要です。

ところが、その「個性」が親の価値観に合致しないと
「評価してもらえない」ということにつながります。
そもそも個性というものを「評価する」こと自体、理不尽なことなのですが・・・。

いつの間にか個性が「評価の対象となる能力」のようなものにすり替わってしまうわけです。
そうすると、子どもは親の評価を得ることのために努力をしていくことになります。

評価されているのかいないのか。
その判断基準として、兄弟・姉妹と自分を比べる、ということを学習してしまいます。
一人っ子でも同様です。
家の外に、自分と比べる対象なんていくらでもいますから。
こうしていつのまにやら兄弟・姉妹間での勢力争いが起きてくるのです。
何をやるにしても常に親の目を気にするようになる・・・。
気にすれば気にするほど、その行動様式は強力になっていきます。

そして実は、大きな問題となってくるのがそのあとです。
親のいない場所でも、強化されて身についてしまった行動様式が繰り返されてしまいます。
たとえば学校で、たとえば会社で、というように。

常に自分を評価する他者「先生」とか「上司」などが
自分の行動のお目付け役として君臨してしまうのです。

努力次第でどうにでもなることはもちろんのこと、
自分ではどうにでもできないことについても
評価されることを意識していくようになります。
容姿や性格や、ひいては育った環境にまで及んでいきます。
常にライバルと自分を比べて劣っていないかどうかを
「親のような存在の他者」からの評価によって確かめることでしか、
自分の存在を認めることができなくなってしまうのです。

こうなってくると、もはやがんじがらめになってしまって、
ひと時も気を許せる時間が無くなってしまいます。

誰のために頑張っているのかわからなくなっていきます。
人の目とか評価が気になって仕方がない・・・
そんな時は、自分を振り返ってみるといいかもしれません。
かつて似たようなことがなかっただろうか、と。

繰り返して身についてしまっただけの行動なのだとわかれば、
別の行動様式に変えて行くことも可能です。

原因を追究してそ原因をつぶす、というのとはちょっと違います。
過去には戻れませんから・・・。

でも、まずは気づくことが大事なのです。
もうこれからは続ける必要など無いかもしれないのだ、と。

ACの自覚があり苦しんでいる方、子どもの不登校で悩んでいる方・・・
特に気に留めておいていただきたいなと思う重要なことです。  


カテゴリー: 09.恐れ・不安感
Posted on: 10月 24th, 2013 by エフ カウンセリングオフィス No Comments