普通になりたい! | エフ カウンセリングオフィス

普通になりたい!



いつも周囲からの疎外感を感じる。
何をやっても上手くいかない。
なぜだろう?なぜ私はこうなのだろう?原因を考えてみるといろいろと思い浮かぶ。
そしてそれを一言で言うのなら
・・・
—私はどこかおかしいのだ、普通ではないのだ。
・・・・・・・
このように感じていらっる方、いるのではないでしょうか。
みんなのように普通になりたい。
普通になれさえすれば、もっと楽に生きられるのに!切実な願いです。

かつての私も、このように切実に願っていました。
そもそ自分が普通ではないと感じ始めたのはかなり小さいころにさかのぼります。

ある時から自分の感情をストレートに出すことができなくなっていきました。
それは、失敗するのが怖くていつの間にか自分の中が「不安」だらけになってしまった時期と重なります。

感情を出すことができない、しまいには感情を感じることが面倒にすらなっていきました。
言っていれば「感情を表現することが苦痛」になったわけです。

こうなると、どうなるか。自分が「ここに存在する」という実感がわかなくなっていきます。
自分を含めたこの場全体が、なにやら作り物のような、映画のような、そんな感覚になります。

すべて作り物のように思える。それなのに、周りのみんなは楽しそうに笑っている。
なんでそんなに楽しそうなの?
何がそんなに可笑しいの、楽しいの?

・・・・
全く分からなくなりました。
もちろん、泣くことも苦痛です。
泣きたくなる、という感覚もわからない・・・。

いつも醒めていて、まるでロボットのようです。
でも考えることはできるので、周りに合わせることは何とかできました。
合わせるために他人の顔色をうかがうことが上手になっていきました。

でも、この作業はとても疲れるのです。
ただでさえ楽しさも悲しさも感じなくなっているのに、そこに疲労だけがたまっていく。
子供なのに、人生にくたびれてしまいました。

大人になってもその疲労感が消えることはありませんでした。
さらにはその疲労感がジワジワと焦燥感に変化していきました。
先の見えない行き詰まり、しまいには動けなくなりました。
・・・・・・・

その後、紆余曲折ありましたが行き詰まりからは脱却することができました。
普通になりたいと願っていた、
そんな状況から抜け出したのです。

抜け出したらなにが起きたか。
「普通」などというものはどこにもありませんでした。
幻想だったのです。

生きづらさがあったのは、
「自分」を感じなくしていたからだったのです。

かりに「普通」というものがあったとして、
その「普通」に自分が慣れたとしても、
それは誰か別の人をまねた借り物の人生を演ずることに他ならないわけです。
ロボットであることに変わりはありません。

・・・・・・・
そもそも私がこの無間地獄のようなループに陥ってしまったのは、
「失敗をしてはいけない」という思い込みが出発点でした。

私の中で失敗とは「他人と違うことをしてしまう、違う意見を言ってしまう」ということでもありました。
今から思えばおかしなことなのですが、子どものころはそう信じ込んでいたのです。

自分というものを無くして封じ込めてしまうことが成功への第一歩。
こんな不思議なルールが私の中に出来上がってしまっていたのです。
そのために涙ぐましい努力を重ねましたが、結果は「破たん」です。

そもそも失敗ってなんでしょうか?単なる「経験の一つ」にすぎないと今では思えます。
そもそも人と違うことがいけないのでしょうか?

人と違うからこそ「自分」という存在が「自分」として存在価値があるのではないでしょうか?
当たり前のことです。

失敗してもいい、人と違ってもいい。
むしろそれが普通だよ、それが人間というものだよ、
ということなのかもしれませんね。


Posted on: 10月 15th, 2014 by エフ カウンセリングオフィス