嫌われるのが怖い | エフ カウンセリングオフィス

嫌われるのが怖い

https___www.pakutaso.com_assets_c_2015_05_N613_kawatohana-thumb-autox1000-14098

人から嫌われたくない。
誰もがそう思います。
いえ、そうは思わない人もいるかもしれません。
でも大多数の人は「他人から好かれたい」と思うのではないでしょうか。

もちろん私もそう思っていました。
嫌われるのが怖い、みんなから好かれたい…と。

嫌われるのが怖かったので、常にビクビクしていました。
こんなことを口に出したらどう思われるだろう?
嫌な気持ちにさせてしまうかもしない。
不快な思いを持たれてしまうのではないだろうか?

「人からどう思われるか」が頭の中を占領しました

こう思い始めるとさらに気になるのが他人からの視線です。
「どう見られているか」が気になって気になって仕方がありませんでした。

表情がおかしくはないだろうか?
笑い方が不自然ではないだろうか?
歩き方がぎこちなくはないだろうか?

全ての視線が自分の方を向いているような気がして
生きている心地がしませんでした。
何万人もの聴衆を目の前にして
大きなアリーナの舞台に立っているような感じです。

その自分に向けられる視線は
決して温かいものでではなく、
批評と批判と疑惑に満ちたものでした。

毎日が地獄のようでした。
常に緊張していました。
心が休まる瞬間もありません。
いつなんどき「攻撃」を受けるかもしれない、
だから休むことなどできない。
気を緩めたらやられてしまう。

私を好いてくれる人などこの世に一人もいない

いつの間にか、なぜだかそう考えるようになっていきました。
すべての人が自分の敵になってしまいまったのです。
こうして私は自分の殻に閉じこもっていくことになりました。

周りが敵だらけなのですから自分を守らなくてはなりません。
自分が思ったこと、感じたことは全て表に出さずに封印しました。
言いたいことも言わずに、じっと我慢するようにしました。
特に、大事なことや一番言いたいことは厳重に封をしました。
そうするほかに自分を守るすべがわからなかったからです。

こうして時が流れていきました。
何年も何十年も「人間不信」をやり続けました。

人間ほど危険な存在はいない。
気を許してはいけないのだ。
誰かを信じることなどありえない、狂気の沙汰だ。
そんな風に思っていました。

そうして行きついた先は「自分不信」でした。
ここまでくると末期症状・・・
自分だって信じることができない。
この世の最後の砦である「自分」も失ってしまったのです。

そんな自分を救ってくれたのは
他でもない自分の中に眠っていた「感覚」でした。
言葉では表すことのできないフィーリング。
それに偶然触れることができたときに
自分の「存在」を実感することができたのです。

その「存在感」は他人からの一切の承認を必要としませんでした。
言葉による思考を凌駕していました。
自分の中に消えることのない、小さいけれど重たい核のようなものを感じた、
あえて言葉にするならそういうことです。

自分を認めるとか、自分を信じるとか、
そういった「作業」も必要としません。
もうすでにここにあるので、それで十分だったのです。


Posted on: 9月 18th, 2015 by エフ カウンセリングオフィス