新たな一歩を踏み出せるとき | エフ カウンセリングオフィス

新たな一歩を踏み出せるとき

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頭ではわかってはいるけれど
動けない。

理屈では納得できるけれど
どこか腑に落ちない。

決断してみたけれど
やっぱり新たな一歩を踏み出せない。

前に踏み出そうとするときに
それを邪魔しようとする力が働くことがあります。
自分自身の中に、です。

特に厄介なのが、過去にこだわってしまうということです。
何か新しいことを始めようとすると
あたかもそれが自分の過去を否定しているように感じてしまう。
過去を否定するのは辛いから、
結局新しいことに踏み出せない。

あるいは、過去を諦めきれていない。
過去をまだ引きずっている。
というより、まだ「それ」が続いている・・・。
だから新しいことなどできるはずもない。

どちらにしても、現在の自分が過去の「何か」から
制約を受けている状態と言えるかもしれませんね。

例えで言うと人間関係にひびが入ったようなケースです。
特に恋愛関係を思い浮かべるとわかりやすいと思います。

失恋した、パートナー関係が終わった。
この辛い状況からどう脱するか。

もちろん誰だってすぐには立ち直れません。
しばらくの間は落ち込みもひどく、
気力だって出なかったりします。

人に寄っては元気を取り戻すのに
相当な時間を要する場合もあるでしょう。
その人それぞれの時間を大事にすればよいのですが、
問題はその先です。
さあ次へ進もう、前へ踏み出そうとしたときに、
なぜか行けない。

それはなぜでしょうか

なぜかというと、まだ自分のどこかに残っているからなのです。
失ってしまった関係性を取り戻せるのではないかという
かすかな希望が、です。

わずかでも希望があれば、その希望を心の糧とするのは
人間として自然なことです。
それが悪いということではありません。

ですから希望が残っているのであれば
その希望をとことん追い求めても良いのです。
それはその人の自由なのですから。

でも、いつかはその希望がどんどん小さくなっていき、
しまいには、もう取り戻せないことなのだと諦めがつけば
人は前へと進むことができるわけです。

そしてこの「諦めがつくタイミング」というのは
人によって、場合によってバラバラです。
そこにその人の個性が現れたりもするので
正しいも、正しくないもありません。

もう、完全に終わったのだ。
そう思えるのはどんなときでしょうか。

十分に悲しめたとき・・・
悲しみを味わい尽くせたときに、
もう終わりにしよう、もう終わったのだと
一息つくことができるのだと思います。

24時間、泣き続けていることはできません。
365日、悲しみの底にい続けることはできません。

なぜならば人間はより良く心地よく生きることを
志向する生き物だからです。

そして、十分にその人との関係に価値を見い出せたとき・・・
嫌なことも辛いこともあったけれど、
あの人と関係を持つことが出きたおかげで分かったこともあった。
それは自分にとって唯一無二の経験だった。
苦い味はしたけれど・・・。
そう思えた時に、その人との関係が自分の人生の一部として
永遠に存在し続ける実感を得ることができるのではないでしょうか。

その実感を手にした時に、人は新たな一歩を踏み出せる、
その勇気が湧いてくるのかもしれませんね。


Posted on: 11月 28th, 2015 by エフ カウンセリングオフィス