暗闇の出口 | エフ カウンセリングオフィス

暗闇の出口

竹林

悩みの渦中にいる時というのは辛いものです。
悩み、そのものもキツイのですが
なによりも「いつになったら楽になれるのだろう?」という
出口のない感じが、いかんともしがたく重苦しかったりします。

これまでの時間が長ければ長いほど
出口がすぐ目の前にあるようには感じられなくなっていく…
まさに私がそうでした。

いくつもいくつも解決しなければいけないことが
山積みのようになっている気がして
一度には、すぐには片づけられない。
そんな風にも感じていたのかもしれません。

自分の心の奥底に
解決できていないことが眠っている。
ひとつではなくいくつもいくつも
折り重さなったり、散らばったり
数えることができないくらいたくさんある。

そして不思議なことに、
その数々の「問題」と思えるものが、
時間の経過ともに形を変えていったりします。

昨日は丸いカタチに見えていたものが、
今日は四角のように見えてくる。

昨日はこんなに大きかったものが、
今日はずいぶん小さくなっている。

あるいはその逆・・・
どんどん小さくなってきていたものが
今、こうして見てみると、なぜか大きく膨らんでいる。

混乱きわめて、もうどうしていいかわからない、
大ピンチ!
よくある事かもしれませんね。

なんだか悩み抜いていくプロセスというのは
あたかも強大な迷路のようです。

その巨大迷路を、ヒントもなしに
真っ暗な中で進んでいく。

しかも一人で・・・・。

人生の課題に取り組み悩むということは
こういうことなのではないかと私には思えます。

ではどうすればその迷路の出口にたどりつけるのでしょうか?



何か攻略本のようなものがあれば
それを読んだら答えが見つかるのでしょうか?

あるいは、誰か物知りな人に尋ねてみたら
手掛かりを教えてくれるのでしょうか?

残念ながら、そう簡単にはいかないのではないでしょうか。

なぜならばその「巨大迷路」とは
自分そのものに他ならないからです。

他の誰でもない「自分という迷路」の見取り地図など
世界中のどこを探してもあるはずがありません。

自分ですら全体像を見たこともない地図を
他の誰かが描けるはずはありません。

悩み抜いてもがいて苦しむということは
自分という迷路の隅々まで
くまなく歩いているということなのではないでしょうか。

自分という存在は、
パッと一目で見てわかるほど単純ではありません。
だから時間がかかるのです。
否、時間をかけてわかっていくものなのかもしれません。

なかなか出口に辿りつけない、
永遠に出口など見つからないかもしれない。
そう感じるのも無理はないでしょう。
何年も何十年も苦しんできたのならなおさら・・・・

でも出口は必ず見つかります



迷路を歩きつくしたら必ず出口に行けます。
他人の道ではなく、これは自分の道だからです。

暗くてあまりよくは見えなかったかもしれないけれど、
何度も行き付戻りつ歩き回っていくうちに、
「そうそう、ここはこうなっているんだったよね」とか
「あ、ここの先は道が2つに分かれてるんだっけ」とか
もともと自分の中にある道なので、
怖いものではないと感じてくることができます。

そうしてすべての道角を歩きつくしたとき
その時が「自分というものがはっきりとわかる」
そんな瞬間なのかもしれませんね。


Posted on: 4月 25th, 2016 by エフ カウンセリングオフィス