周りからの視線、自分の視線 | エフ カウンセリングオフィス

周りからの視線、自分の視線

朝顔のような花

ピンチに陥ったとき、どうしようと焦り始める。
そんなときに、ちょっと冷静になってみる、
立ち止まってみる、一息ついてみる。
意外とこれで落ち着きを戻せたりします。

あるいは、自分ではどうにも制御できない
激しい情動、激情のようなものに
のみ込まれてしまったとき、
少しそこから離れるような感じで
あるいは、少し離れた場所から自分を見てみる。
するとほんのちょっとだけ余裕が生まれてきたりします。

このようにして自分で自分を
手助けしてあげることができます。

ところが・・・です。

「自分への手助け」ならばもちろん良いのですが、
方向性を間違ってしまうと厄介です。

どのような方向性に間違ってしまうのかというと
「自分で自分を責める」・・・・です。
これはとても苦しい、きついですし過酷です。

少し離れたところから自分を見てみるが…

冷静になろうとして、ちょっと立ち止まる。
自分のやったことを、をもう一度見直してみる。
だけど・・・・・なぜか苦しい。

そのわけはこうです。
こんな作業をしていくうちに
いつのまにか、なぜか、不思議と
「自分はどんなふうに見られているだろう?」との
考えが頭の中に浮かんできたりすることがあるからなのです。

多分このように見られているのではないか?
もしかしたらこんなふうに思われているのではないか?
あの人からは自分がどのように見えているのだろうか?
どのように思われているのだろうか?

いつの間にかこの一点に自分の考えが向いていくのです。
こうなってくると、さらに他の人がどのように自分を見ているか
別のあの人はどうだろう?と、気になって仕方がなくなってきます。

大事な問題はここから先です。
周囲の視線にしか自分の意識が向かなくなってしまうと、
落とし穴にはまります。

ここでいう周囲の視線とは、別の言い方をすれば「批判的な視線」です。
周りの人間はみな自分のことを何かしら批判している、
そんな風に思えてくるような視線を感じる。

ひとたび「自分は批判されている」と感じてしまうと、
あれが悪かったのかな?とか
自分で自分のあらさがしを始めるようになってしまいます。
そうしてどんどんエスカレートしていき、
自分を責めるための材料探しの様相を呈してきます。

周囲の視線、のはずが
いつしかこの自分までもが、
周囲の人と一緒になって
他でもないこの自分を責めて、批判して、
追い詰めていく。

もしもこんな状況に陥っていると気が付いたならば、
それはチャンスです。
一刻も早く自分を救い出してあげることができます。
否、救い出してあげる必要があるのです。

どうやって?

それはある意味簡単といえば簡単です。
「自分の視線」を取り戻せばいいだけだからです。

周囲の視線ではなく自分の視線でキャッチしたもの

まずはこれを大事にするのです。
周りからどう見られているのか?ではなく
自分にはこう見える、そこに集中してみます。

自分がおかしいのでは?と
思い悩む必要はありません。

100人いれば見え方は100通り、
感じ方も100通りです。
全く同じになるということはあり得ません。
違って当然、この「違い」の存在に気が付くと
ずいぶんと気持ちが楽になれます。
そして自分の感覚にも安心出来てきます。

周りの目からどう見えるかを「基本」とするのではなく
自分からは周りがどういえるのか、
この点を「基本」というか「出発点」にしてみると、
これまで困難と思われていたような局面に、
意外な観点が見えてくることがあります。

何かしらのヒントが湧き出てくるかもしれない・・・・
「自分」というものは、そんな可能性を秘めているのです。

 

 


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Posted on: 7月 27th, 2016 by エフ カウンセリングオフィス