思い通りにしたいという執着 | エフ カウンセリングオフィス

思い通りにしたいという執着

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もしも自分の思い通りになったとしたらどんなにいいだろう。
このような思いというのは、特に悩んでいるときにはつきものですね。

あれもこれもどうにもならない。
自分の思うようにことが運ばない、
そんな残念なことばかり。

なんて自分はツイていないんだろう?
どうして私だけがこんな目に遭うのであろう?
周りの人たちはみんなうまくやっているように見えるのに…。
ああ、すべて自分が思う通りになったらいいのに!!

こうも考えたくなりますよね、
踏んだり蹴ったりの酷い状態が続くと。

いろいろな場面が思い浮かぶと思うのですが、
とくに「自分のことをわかってくれない」というような場合、
何としても自分のことをわかってほしい、
わかってもらうために、いろいろと試みます。

ここでいう「わかってもらう」というは
「私の意見を認めてほしい」ということに近いです。
もっと言えば「私の言っていること、正しいよね?」です。

自分の正しさを認めてほしい、同意してほしい。
こう思った時、人というのは思いもらない力が出たりするのですね。

なんとしても認めてもらわなければ!

とはいっても事はそう簡単には運びません。
ここからがひと仕事です。
なぜならば相手も自分のことを正しいと思っている、
そんな場合がほとんどだからです。

どっちが正しいのか、力比べが始まってしまいます。
力を緩めることはできません。
油断できません。
少しでも気を抜いたら相手の思うつぼ、
相手の思う通りにされてしまうから大変です。

あらゆる手を使って
自分の正しさを相手に認めさせようと努力します。
これがなかなか大仕事、簡単にはいきません。
まず激しい抵抗を食らいます。
ですのでより一層力を込めて、相手をねじ伏せようとする…。
このような戦いが続いていきます。

でも、なかなか勝負はつきません。
相手も手ごわいのです。
そうこうするうちに疲弊してきます。
疲れてきます。
もう諦めてしまおうか、そんな思いもよぎります。
でもそれはできない。
諦めるということはこの戦いに負けるということ。
負けとは相手の思う通りになることを意味します。
それがこの戦いの恐ろしいところです。

相手の思う通りになんかなりたくない!

やはり戦いを放棄するわけにはいかないのです。
諦めることはできません。
こうして戦いを続けていきます。

ところがある時に偶然にも勝てることがあるのです。
相手がなぜか「折れてくれる」とき・・・・
そんな場面に遭遇する場合も、ないとは言えないのですね。

人の心というものは計算づくでは取り扱えない、
とても不思議な物なんですね。
信じられないようなことが時々起るわけです。

「私の正しさが認められた!」
信じられないようなサプライズです。
こんなに嬉しいことはありません。
「やっとこれで私の思い通りになる!!」
でも本当にそうでしょうか?
本当にこれで自分の思い通りに事が運んでいくのでしょうか?

ここに大きな盲点があるのです。
思い通りになったというのは一瞬のことに過ぎないのです。
残念ながらこの一瞬が永遠に続くことはあり得ません。
相手の気持ちが同じ状態であり続けることは不可能なのです。
人の気持ちというのは常に変化し続けている…

永遠に同じでいることはないのです

相手の気持ちを、人の気持ちを
自分の思い通りにしたいという願い。
それは絶対に叶わない幻想なのです。

幻想…そこに執着することの不毛さを
かつて、私は思い知るに至りました。

無理なものは無理なのです。
不可能なのです。

この執着を手放さない限り、
幻想の檻の中から出ることはできません。
そうなのです、何かに執着するというのは
目に見えない幻想の檻のなかに閉じ込められているということ、
窮屈で不自由な自分がそこにいました。

「誰かの気持ちを自分の思い通りにしたい」
自分の息苦しさの犯人はこれだったのです。

この息苦しさに耐えられなくなったとき、
もういいや、と何かが吹っ切れました。
その時は私は執着し続けることではなく、
思いっきり息を吸うことを選んだ…

執着から自由になることができました

 

 


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Posted on: 9月 22nd, 2016 by エフ カウンセリングオフィス