心地よい言葉に引っ張られる | エフ カウンセリングオフィス

心地よい言葉に引っ張られる

20161126

いつの間にか自分らしさを失ってしまった
気がつくと自分の本心がわからなくなっている

このような状態に陥ると
なんだかよくわからないけど苦しい
という感覚になりがちです。

モヤモヤしたり
イライラに襲われたり
どうにもスッキリしない。

そして正体不明のいやな感じ
じわじわとくる息苦しさ

外からは判別できない
他人からはよくわからない
そんな苦しみです。

ただ、何かが間違っているような気がする。
このままではいけないような気がする。
なぜならば、長い間少しづつ我慢してきた
なんとも言えない息苦しさが
もう限界近くに達していくのを
このまま放置するわけにはいかないからです。

溺れる者は藁をもつかむ
という諺がありますがまさに、そう・・・・

ふとした拍子に目にした言葉だったり
ちょっとした隙に耳にしたフレーズだったり
様々なものが自分の中に
すーっと、静かに
自分の中に入り込んでくるのです。

乾ききった土に水を垂らすと
あっという間に吸い込んでしまうがごとく
その言葉やフレーズは
何の違和感もなく自分の中に落ちる…。

違和感を感じるどころか
むしろ「あ、これだ!」というように
待ってましたとばかりに
て飛びついてつかみ取る。

とても心地よい言葉の数々を・・・

この心地よい言葉というものには安堵感があります。
「なるほど、そうよね!」と、疑問が解けたような
そんな気にもなってきます。
だから引っ張られてしまいがちなのは無理もないといえるでしょう。

魅力的な人、力のある人、立派な人
成果を上げている人、成功している人
人柄がいい人、優しい人、勇気のある人
・・・・・・・
そんな人たちが発している言葉ならなおのこと

そうだったのか、探していた答えがここにあった!!

と、嬉しくなってしまったりします。
何を隠そう、かつての私がそうでした。

あまりにも素晴らしい言葉というものは
不思議なものです。
腑に落ちたような気がするのですね。
あたかも運命の出会いのように、
奇跡的に巡り合えた!!
そんな気持ちを味わえたりするのです。

そしてさっそく実行に移したくなります。
「~なので~したほうがよい」
「~だから~すべきだ」
この言葉に従って、一生けんめいに励むわけです。

これでやっと楽になれるかもしれない!
期待も高まっていきますよね。

ところが、です。
なぜか時間がたつにつれて
なんだか調子がおかしくなってくるのです。
いや、おかしくなってくるというよりは、
また苦しさがぶり返してくる、というほうが近いかもしれません。

どこか違和感があるというか、
正しい答えに従って
一生懸命に努力を重ねているはずなのに、
なんだか次第に雲行きが怪しくなってくるのです。

そう、やっぱり確かに「違和感」がある・・・。
その違和感というか、なにか異物感というか、
言葉では表現のしようがないイヤな感じ。
このイヤな感じは、かつて味わったことのある感覚だったりします。

そもそも何が苦しかったのか。
どこに辛さを感じていたのか。
そう振り返ってみると愕然とすることが
明るみに出てきます。

自分らしさを失っていたから、
だから苦しく辛かったはずなのです。
なのにまた同じことをしている・・・・

自分ではない誰かの『心地よい言葉』に従っている・・・

誰かに従う、そこに「自分」はありません。
中身がどんなにすばらしくても、
その言葉は自分のものではないのです。
自分ではない誰かに動かされているのと同じこと、
その状態が苦しくないはずありません。

なにも私は素晴らしい言葉を否定・批判したいのではありません。
問題は「何の疑問も抱かずに無条件で受け入れてしまうこと」なのです。

本当にそうかな?と常に疑問を持ちながら
焦らずにその「心地よい言葉たち」に付き合ってみる。
そのようなプロセスが必要なのだと思うのです。

何の疑問も抱かずに飛びついてしまうということは
大きな危険をはらんでいます。
ともすれば心地よい言葉には、
その危険が潜んでいるとは言えないでしょうか。
「自分を含めた万人にとってうまくいく方法が
あるかのような錯覚を起こさせる」という危険です。

人の気持ちは千差万別、みな違っていいのではないでしょうか。
ですから自分に合った方法を探っていきたいものですね。
それがたとえ他人から見たらおかしな方法だとしても
自分にとってはよいのだと、そう思えたら…
その時がAC卒業の記念すべき日となるに違いありません。

 


Tags: , , , , ,
Posted on: 11月 26th, 2016 by エフ カウンセリングオフィス