私の周りに誰もいない | エフ カウンセリングオフィス

私の周りに誰もいない

20170217

ふと気がつくと
自分の周りには誰一人として
この私を理解してくれる人なんかいない

底なしの孤独感につつまれる

さっきまで楽しくしゃべっていたのに
今はどうだろう?
楽しい?どそれどころかむしろその逆

ああ、やっぱり一人なんだな


もしかしたら多くの人が
このような孤独感に襲われたことが
あるのかもしれません

「大丈夫だよ」と人から言われても
「うん、大丈夫に違いない」と
自分に言い聞かせても
なぜかモヤモヤするのです。

どこまで行っても、
何をしても、
拭い去ることのできない孤独感。

自分以外の誰かと一緒に過ごしたり
楽しい出来事を共有することはできます。

楽しいことだけではありません。
悲しい気持ちを聴いてもらって
慰めてもらって…ということもできます。

でもでも、一抹の寂しさが
うっすらと尾を引いたように
残ってしまうのはなぜなのだろう?

こんな思いが湧いてきたりします。

相手を責めるつもりはない。
でも何かが違う、
かすかに違う、ズレている。

何かがどこかが一致しないのです


だから「理解されたと思えない」
こういう現象が起きるのかもしれません。

ではどうしよう?
一生懸命考えます。

この孤独、理解してもらえない感じ、
どうやって埋めようか?

もがいてもがいて、努力します。
自分をわかってもらおうおという、
相手に理解してもらえるような
涙ぐましい試みを…。

私はこの試みの罠にまんまとハマってしまいました。
そして不毛地帯という名の修羅場に迷い込んでしまったのです。

罠、というのはちょっと言い過ぎたかもしれません。
誰かが罠を仕掛けていたわけではなく
自分で自分を追い込んでしまっただけ、でしたから。

なぜ自分を追い込んでしまったのか?
そのわけは「大切なことを忘れていたから」といえるでしょう。

では、私が忘れてしまっていた「大切なこと」とはいったい何だったのでしょうか?
それは・・・

自分がどういう人間なのか、ということです

自分がどういう個性を持っていて
どんなことを考えていて
そしてどんなことを感じているのか。

私はその一切を深く知ろうとしていなかったのです。

自分を知ろうとしない。
これは自分を大切に扱わないということでもあります。

自分をぞんざいにしか扱わない。
でも表面上は一生けん命にやっている。

言ってみれば「仮面」をつけているようなものです。
やっていることすべてが嘘くさかったのです。

そういえばかつての自分を思い起こすと
笑うことはできても、なぜか泣くことができませんでした。

イライラすることはできても、
いざという時には真剣に怒る、ということもできませんでした。

本来であれば心が揺さぶられるはずの場面になると
自分の中の何かが停止してしまう、
そんな現象が起きていました。

繰り人形になったかのような感覚、
と表現すると近いかもしれません。

一切の感情センサーがストップしている…
こんな自分は知らず知らずのうちに
自分から人を遠ざけていたのです。

ただ、この状態が「悪い」ということでもないのです。
あの時はしょうがなかったのです。
自分の本当の感情を受け止めることが
自分では辛すぎたのですから、
ある意味、「それでよかった」のでしょう。

でも幸いなことに、すべての物事は変化しつづけるのです。
自分という存在もそうです。

変化するということは
必ず変わるということです。

何が変わるのか?
それは自分の心持ちです。

時間がたつことでこれまで封印していた気持ちが
あたかも雪解けが起きるかのように変わっていきます。
そうして「そろそろ本当の自分を知っていこうかな?」と
こんな風に思えてきたりします。

その時にふと気が気がつくのです。
あ、自分の周りに人がいると。

自分を見てくれている人がいる、
人の気配を感じられるようになっていくのです。

その人は自分のことを
必要以上に熱く肯定するでもなく
あるいは冷やかに否定するでもない。
そんな存在だったりします。
ただただ、自分の存在を見ているだけ…
見てくれている、だけ。

だからこそ、なぜか不思議を力が湧いてくるのです。

一歩前に踏み出そうという、勇気が呼び起こされるのです

 

 


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カテゴリー: 03.孤独感・疎外感
Posted on: 2月 18th, 2017 by エフ カウンセリングオフィス