なにが正しいのかわからなくなる | エフ カウンセリングオフィス

なにが正しいのかわからなくなる

いつまでも思い悩んでいないで
もう決めよう
決めてしまおう

グルグルと同じことを
長い間考え続けていると
どこかで終止符を打って
スッキリさせたいと思うものですね。

考え続ける期間が短いこともあれば
それこそ何日も、何か月も
思い悩むことがあったりもします。

決めるまでの期間が
長くなればなるほど
その課題は自分の中で
大きく膨らんできたりもします。

そのため、気になって仕方がない、
いつも頭の中にあるような気がする、
そして常に意識をするまでに至る…

こうして「ただいま熟考中」モードになっていきます

たとえば行きたい場所があるとして、
その場所に向かって道を歩いているとします。
地図には載っていない意場所、
目的地までの距離もわからない、
そんな状況を想像してみてください。

なるべく早く目的地に着きたいと思う
間違わずにたどりつきたいと思う
これはごくごく自然なことです。
でも、どの道をどうやって進んで行ったらいいのかわからない。

あるいは、目の前に分かれ道が現れる…
進めるのは右か左か、
どちらか一つ。
こんな状況になることもあります。

そして問題は「地図がないこと」
だからどの道が正しい道かわからない。
自分一人で進んでいるとしたら、
誰かに聞くこともできないわけです。

そうこうするうちに時間だけが過ぎていく

そんなときふと思いついてスマホに手を伸ばす。
検索してみる。

すると・・・・・・
期待していた答えがヒットする!
「この道をいくと一番早くその場所にたどり着けますよ」

地図には載っていないけれど、
親切な人が情報をアップしてくれていた!
自分はなんてラッキーなんだろう!!

小躍りしながらその道を進んでいきます。

ところがその途中、道路工事中で通行止めという、
まさかのアクシデントが発生したりするのです。

このように「情報」というものには不確実性が潜んでいるのです。
正しいはずと自分が思い込んだものが
実はそうではなかった。
なぜなら、どんなに正しそうに見える情報でも、
それは過去の出来事に対してのものに過ぎないからなのです。

実際の物事は常に変化し続けています。
ですから、「絶対に正しい」とか、
「そうに違いない」とか
「間違っているはずない」などとして
自分の外側にある情報に頼りすぎると
期待外れだったりガッカリしてしまったりということが
起きる危険性があるということなのですね。


なんだか屁理屈のようになってきました。
話をシンプルに元に戻します。

そもそも行きたかった場所に行ければいいわけです。
進みかたはわからない。
情報も当てにならない。
乱暴な言い方をあえてするならば、
絶対に正しという確固たる証拠はどこにもない、
ということです。

だとしたらどうするか?
自分で選ぶのです

選ぶときに基準を外に求めすぎない
正しさに気をとられない

こんなポイントを心がけてみるといいかもしれません。

結果、回り道をしてしまったり
時間がかかってしまったり
このプロセスを良くないものとして自分を追い込むと
意識の大部分を「正しさの追求」に持っていかれてしまいます。

そうするとますます道に迷ってしまう
やっぱり違った!となったりして
また道を戻る

戻る途中でまた道に迷う・・・・・
そうこうするうちに何が正しいのかわからなくなってしまう。

これが正しさを求めるときに陥りがちな迷路なのです

自分が進もうとしている人生の道は
それこそ誰も見たことも行ったことも
経験したこともない道です

自分ですら見たことがない道順を
他の誰が知っているのでしょうか
自分以外の誰も知らないはずです

だからもしも、あなたの選んだ道を批判する人に出くわしたとしても
気にする必要はないのです

自分の道を自分で決めていけばいいだけだと思えたら
そのときに、迷路から抜け出ることができるはずです


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Posted on: 6月 23rd, 2017 by エフ カウンセリングオフィス