苦悩が姿を変えてゆく | エフ カウンセリングオフィス

苦悩が姿を変えてゆく

                  今年も後わずかとなってきました。
本当に月日が過ぎるのは速いですね。
読んで下さる人がいることが有難く、それを励みに文章にしてきました。
当時の感情や感覚を記憶だけを頼りに言葉で表現するのは、 想像以上に難しい作業でした。
膨大な出来事の中から、最重要だと思われることだけを厳選して、
自分の気持ちの変化を大雑把ではありますがなぞってみたつもりです。

さて、これまでの自身の振り返り作業にここでひとまず区切りをつけたいと思います。
『本当の自分がすぐ目の前まで戻ってきつつあるのに、 そうはさせないという抵抗が自分の中に起きている』
この状態がしばらく続いたのですが、この葛藤はかなり強烈でした。
ここを何とか抜けないと、私は本当に動けなくなってしまう。
そんな切羽詰まった危機感にも襲われてしまいました。
考えても考えても、考えがまとまらない。焦りばかり募る。
何が問題なのか、何に悩んでいるのか、何をどうしたいのか、 いったい私は何をしたいのか、どうなりたいのか・・・・・
もう、全てがグチャグチャでわからなくなっていきました。
考えるということが重たい、考えている自分が重たい、 支えきれなくなっていきました。
いくら考えても答えが出ない、考えることに私は疲れてしまったのです。
そんなある日、私はボーっとしながら窓の外の空を見ていました。
しばらく椅子に座ったまま、動けずにじっとしていました。
そして、ほんの一瞬の事でしたが、自分の体がフっと軽くなるのを 確かに感じたのです。
今までに体験したことのないような不思議な感覚でした。
気が付くと私は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回っていました。
「私の肉体」が「動いている」ことを感じながら…。
私の中は空洞でも何でもなかった、そこには私の肉体があったのです。
こんな当たり前の事が、私には実感できていなかったのです。
歩き回っているうちに、全身にかかっている重力を私は感じ始めました。
確かに私が「ここに存在している」という感じがしました。
今まで私を苦しめていた、怒り、恨み、不安、恐れ、葛藤…。
それらの苦悩に私は長い間エネルギーを注ぎ込み、酸素を送り込み、
これでもかというまで燃やし続けていたのです。
燃やしても燃やしても、燃やし足りない。
新しい苦悩を見つけては燃料を投入、そして着火。
私が呼吸をするたびに、その苦悩は酸素と結合して 激しく燃え盛るのでした。
そうしていれば、私は確かに「動いている、呼吸をしている、 生きている」ことを実感できたのです。
でも燃え尽きた後に残るのは、真っ黒に焦げた燃えかす、 タダのこれだけでした。
しばらくすると、部屋を歩き回っていた私の掌から、
その燃えかす達が小さな塊となってこぼれ落ちましたようでした。
それは鈍い光を放つ濁った色の小さなビー玉のようでした。
私は足元に落ちたそのビー玉を、つま先で思いっきり蹴飛ばしました。
すると、ビー玉は勢いよく部屋の片隅まで転がっていきました。
ついに、私の視界からビー玉は消え去ったのでした。

私は生きていることを感じたいがために 苦悩を求めていたのかもしれません。
「死ぬこと」が怖かったのです、恐ろしかったのです。
私にとって「孤独」は「死」を意味していました。
だから「孤独」が怖った。
何故苦しまなくてはならなかったのか、苦しむ必要があったのか、 やっとわかりました。
自分の肉体に重力を感じることができること、今という密度のある瞬間を 実感できること感できること…。
この自分に迫ってくる圧倒的な質感は「死への恐れ」をはるかに上回るのだということを私は今、 実感しています。
ここに来るまでに、本当に長い時間がかかりました。
でも、もっと早く気が付けば良かったという悔恨の情はありません。
長くかかったからからこそ、「今」この瞬間を大切なものに感じることができるのかもしれません。
とても感覚的な文章で、しかも長文になってしましましたが
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。    


Posted on: 12月 24th, 2011 by エフ カウンセリングオフィス No Comments