他人の侵入から自分を守る | エフ カウンセリングオフィス

他人の侵入から自分を守る

   

無人島でたった一人で生きていくのではない限り、人との交わりを 避けるわけにはいきません。
そこには言葉や態度による感情のやのやり取りがなされるわけで、
他人から傷つけられたり、また逆に他人を傷つけたりしてしまうことが出てきます。
そして他人から傷つけられる時、なにかこう自分の心の中に土足で 踏み込まれ、
平穏な心の中をかき回される感じがするのは、私だけでしょうか?
今日はこんなことを少し考えてみたいと思います。
私が誰かに(仮にAさんとします)「傷つけられた!」と思ったとき、
他にどんなことが自分の頭の中に浮かんだかというと、例えばこうです。
「なんでそんな酷い言葉で言うわけ?」
「なんでそんなこと言うかなあ?」
「なんで大声で怒鳴るわけ?普通にしゃべれない?」
「なんで怒るわけ?私が何か悪いこと言った?」
「なんでバカにするわけ?」
「なんで私の意見を否定するわけ?」などなど…。
私の頭の中には「なぜ?」が渦巻いていたわけです。
なぜAさんがそういう言動(=私を傷つける言動)をするのがわからない。
そして、Aさんはなぜあんたことを言ったのだろう?
なぜあんなことを私にするのだろう?と考え始めます。
そして次第にAさんのことで自分の頭がいっぱいになっていき、
Aさんの心について想像をめぐらします。
ところがいくら考えてもAさんの本心はわかるはずもありません。
私はAさんではないからです。
私は確かにAさんの言動によって傷ついた(と思った)…。
でも、Aさんが私に対してとったその言動は、「私に原因があるとは限らない」のです。
そのときAさんは、私のあずかり知らないところで、
とんでもない大変なトラブルを抱えていた可能性だってあるのです。
Aさんの心の中には、苦悩の炎が吹き上がっていたかもしれません。
その炎の中に、無謀にも私は飛び込んでいこうとしていたのです。
「傷つけられた=心に侵入された」と思っていたのは私の思い込みだった可能性が出てきました。
私のほうが相手の心の中に侵入しようとしたために、負う必要のない火傷を負ってしまったとは言えないでしょうか?
火傷を負わずにいるためには、炎の燃え盛る火事の現場から離れてしまえばよかったのです。
離れたところから見ていればよかったのです。
もしAさんから助けてくれと言われれば、その時には自分のできる範囲で手助けをしてあげさえすればよかったのです。
消火器をもって駆け付けるもよし、大声で助けを集めるもよし、消防車だって呼ぶこともできます。
何も私が動揺してあわてる必要はこれっぽっちもなかったのです。
ただただ私はAさんの言動を、「これはAさんの言動だ」という事実のままに受け取っておけばよかったのです。
必要な時にはいつでも取り出せるように、私の中の引き出しに『そっくりそのまま』保管しておけばよかったのです。
そうすれば私は無駄に傷つくことはなかったし、
心の中をかき乱されたと苦しむこともなかったのかもしれません。  


Posted on: 12月 25th, 2011 by エフ カウンセリングオフィス No Comments