自己肯定感というモノ | エフ カウンセリングオフィス

自己肯定感というモノ

        
他人から酷い言葉、意地悪な言葉、攻撃的な言葉…などを浴びせられると傷つくことがあります。
一回だけでもダメージを受けるのに、何回も繰り返されると傷が大きくなっていくように感じます。
自信が持てなくなって自分は駄目な人間なんだと思ったり、気分が落ち込んで
やる気が出なくなったりすることもあるかもしれません。
そんな状態に陥ることを「自己肯定感が低くなっている」などと表現されることがあります。
かつての私も自分に自信の持てない人間で「自己肯定感が低かった」のかもしれません。
でも、ちょっとここで立ち止まって考えてみたいと思います、本当に自己肯定感が低くかったのか?と。
例えば・・・もともと私は、どちらかというと争いごとが苦手です。
細かいことは横に置いて、とにかく仲良くみんなで楽しくやろうや、というのが好きなタイプです。
ところが人の個性はいろいろですから、自分とは違うタイプの人もいるわけです。
私の前にとても攻撃的な人が現れました。
その人は私の言うことやること全てにケチをつけるのが趣味のような人です。
その人にとってはそれがコミュニケーションのスタイルなわけです。
でも、私にはそれが耐えられません。
意見は違ってもいい、でも何もケンカ腰になる必要あるの?と私は思うわけです。
静かに穏やかに意見交換すればいいじゃないの、と。
ところが相手はそんな私の気持ちは無視して攻撃を仕掛けてくるわけです。
私はいや~な気持ちになります。
さらにはその人が怖くなってしまい、自分がなんだか負けたような気持になって 打ちのめされてしまいます。
ここで私の頭の中に、本で読んだか、どこかで聞きかじったかして覚えた
「自己肯定感」というキーワードが浮かんでくるわけです。
ああ、今の私は自己肯定感が低くなっている、だからこんなに落ち込んでいるんだ、
自信をなくしてしまったんだ、という具合に。
最近私が疑問に思うようになったことの一つに、自己肯定感とはそんなに簡単に
揺らいでしまうものなのか?ということがあります。
自分という存在に価値を認め、自分を信頼する・・・そういうことを自己肯定感というのではないですか?と。
自己を肯定する=自分にオッケー、大丈夫と言う、とはすなわち「生きる」ということではないのですか?と。
だとしたら、こんなに大事なモノがいとも簡単に崩れ落ちるはずがないのでは?と思う訳です。
先ほどの私の例に戻します。
私が傷ついて自信を無くしてしまったのは、「自己肯定感」が低くなったからではなくて、
「仲良くみんなで楽しくやろうや」という私の価値観の中の一部分にケチをつけられたことに対する怒りで、 気持ちがムッとしただけなのかもしれません。
自信を無くしたと感じたのは錯覚だったのかもしれないのです。
自己肯定感が低くなったのではない、自分の価値感が揺らいだのでもない、
けれども価値感の一部分に他人からのパンチ攻撃が加わりました。
その結果、小さなかすり傷ができましたよ、でもまあ、バンドエイドでも張っておけば大丈夫でしょ(笑)、 という程度の些細な出来事だったのかもしれません。
この様に考えることは、ただの屁理屈かもしれませんし、ただの言葉遊びとか妄想に すぎないのかもしれません。
でも、自分の中の常識と言うものを疑ってみるのも、意外と面白いのではないかと思うのです。
気持ちが軽く楽しくなるのなら、自由に考えてもいいのかなと・・・。
それで誰かに迷惑をかける事もないですよね?    


Posted on: 1月 17th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments