自信を持てと言われても… | エフ カウンセリングオフィス

自信を持てと言われても…

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なんだかネガティブなタイトルですが、これ、昔の私のつぶやきです。
学生時代から社会人になりたての頃、よく言われたんです、
「○○(私の名前)さぁ、もっと自信持っていいと思うよ~」と。
友達だったり、上司だったり、いろいろな人が私を気遣ってくれていたんです。
私のことを思って言ってくれているのは、痛いほど分かっていました。
いつも何かにおびえて、おどおどして挙動不審だった私・・・。
はた目から見ても、さぞかし痛々しかったことでしょう。
見るに見かねて心優しい人たちは声をかけてくれたんですよね。
でも、でも・・・私にはさっぱりわからなかったんです。
自信を持つということがどういうことか。
そもそも『自信』て何?という状態だったのです。
あまりにもいろいろな人から自信を持てといわれるので、しまいには・・・鬱陶しくなってしまいした。
「失敗」ばかりの人生だし、挫折も多い、人間関係を築くのも苦手(男も女もダメ=人間嫌い?)。
ご想像つきますでしょう?
あ、仕事のミスも多かったですよ、あわやクビ寸前ということもやらかしました。
(今思い出してもあれは冷や汗モノでした…)
こんな私に一体どうやって自信を持てというの?
やっぱり自信を持つことって大事なのかな?
無理だよ…という思いを抱きつつも、どうしたら自分に自信が持てるのか、試行錯誤して奮闘しました。
得意なことを磨くとか、好きなことを極めてみるとか、苦手なことにもチャレンジしてみるとか…
いろいろ思いつくことをやってみました。
人の目を気にしない努力、結果を気にしせずプロセスを楽しむ努力、ポジティブシンキング・・・。
やってはみたものの、どれもこれも徒労に終わりました。
自信が持てるどころか、自信という未知なる素晴らしいものから
自分がどんどん遠ざかってくのを思い知らされるだけという、みるも無残な結果に終わりました。
そして今日に至っているわけです。
さて、この『自信』についてですが、いまさら私が述べるまでもなく「自分を信じる」ということですよね、
世間一般の常識として。
この「常識」に私は違和感を感じていることに気が付きました。
自分を信じるってどういうこと?信じなかったらどうなるわけ?と。
仮に、自分なんて信じることができないとしても、自分という生命体(身体)はここに存在しているわけです。
信じる・信じない以前に「自分が存在している」のは事実なわけです。
それ以上でもそれ以下でもない。
自分の存在が脅かされる気がするのは、言葉のマジックに引っかかっているだけかもしれません。
「自分はダメな人間だ」などと、自分で自分の存在に「?マーク」をつけてはいませんか?
「お前はダメな人間だ」という、他人の甘い言葉<罠>に飛びついてはいませんか?
なんだか辛口の文章になってしまいましが、「自信を持つ」ということを否定しているわけではないのです。
自信を持てる人は素晴らしいと思いますし、憧れもします。
ただ私は、自信が持てないからと言ってそれで人生終わりではない、
その証拠に、自信が持てなかった私だって今こうして元気に生きていますよと、
それをお伝えしたかったのです。
自信を持てなかったというより、自信というものが私にとっては必要不可欠なものではなかった。
そういうことだったのかもしれません。


Posted on: 2月 22nd, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments