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これだけは譲れない

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心理学の本を読むとですね、心とか体とか思考といったようなキーワードが いっぱい出てきますね。
心や深い感情といったものが「本当の自分」に近くて、頭で考えている自分は
「本当の自分」とは別だ、というようにも読み取れるわけです。
(あくまでも私の感想です)
私もこのブログで似たようなことを書いていたりもします。
が、ここでちょっと立ち止まってみたいと思います。
人の<心>というものは、「これこれこうですよ」といって、
数学の公式のように誰にでも
ピッタリ合うように定義できるものなのでしょうか?
そもそも<心>って?<心>ってどこにあるわけ?と私は疑問に思うわけです。
かつての私は頭でっかちで理屈っぽく、考えているでだけで行動できない、 悩んでいるだけの人間でした。
でも、これっぽっちも後悔はしていません。
なぜなら、やっぱり私は「考える」とか「妄想する」ということが大好きなんだと 今になって気が付いたからです。
私の中の「本当の自分」が「考えること」を欲していたとしか思えないのです。
そう、「頭で考えている自分」も私にとっては「本当の自分」に違いないと感じるのです。
だから、悩みの渦中にあった時は確かに苦しかったけれども、一方、 思う存分考えることを満喫できて、
それはそれで楽しかったともいえるのです。

もしかしたら私の長年の悩みというものは、単なるオマケのようなものに 過ぎなかったのかもしれません、
「考える」ということを満喫するための…。
このように見ていくと、人の悩みというものは、実はその裏に別の意味、
別の価値といったものが隠れているのかもしれない、そう思えてはきませんか?
私にとって「考える」ということは、「悩み」という、あまり嬉しくはないオマケが ついてはきたけれども、
絶対にこれだけは譲れないといともいうべき「人生の楽しみ」
だったような気がします。
悩みの裏側に隠れているモノをじっくり観察してみることは、苦しみから抜けだすための
突破口になるかもしれませんね。
そしてその悩みの裏側にあるモノが、その人の人生にとってかけがえのないものである、
そんな可能性が大なのです。
苦しいだけと思っていた人生をひっくり返すチャンスが、そこに眠っているかもしれません。


Posted on: 2月 25th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments