傷つけたかもしれない… | エフ カウンセリングオフィス

傷つけたかもしれない…

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あんなこと言ってしまった、こんなことを喋ってしまった、
どうしてもっと上手に言えなかったんだろう?
後になって思い出してみて、自分の発言を後悔することってありますね。
ああ、恥をかいてしまった~!と穴があったら入りたいという気持ちになることも あるかもしれません。
それでも、恥をかいてしまった程度のことならば、自分自身で気持ちの整理をつけることで、
そこでとりあえず問題は解決します。
厄介なのは、自分の発言で誰かを傷つけてしまったかもしれない、という場合ではないでしょうか。
一度口にした言葉というものは、取り消すことはできません。
そして、紙に書いたりメールしたりといった言葉は、時としてさらに強烈です。
「文字」という形で残ってしまいますからね。
どちらにしても、相手の記憶に残ることに違いはありません。
相手のためを思って、相手に良かれと思って言った自分の言葉…
それが相手を傷つけたかもしれないと感じて後悔してしまうというのは、 いったいどんな場合でしょうか。
恥を承知で、私自身のことを振り返ってみますね。
それはずばり、「相手に感謝されたいがために、余計なお世話をしてしまった」 ということではないかと思います。
「こうしたらあなたのためになりますよ~教えてあげたんだから私に感謝してねっ!」 という功名心、
卑しい心根<こころね>が私の奥底にあったことは否定できません。
そこには「自分が正しい」という狭い価値観、ゆがんだ世界観が横たわっていたのでしょう。
自分が正しいと思うことを、相手に押し付けてしまった…
自分の心の中のどこかで、このことにうっすらと気が付いたからこそ、
相手を傷つけてしまったかもしれない、と私は後から思ったのかもしれません。
なぜそう思ったのか。
「なんとなく居心地が悪かった、後味が悪かった」からなのです。
こういう「失敗」を、私は数えきれないくらい重ねてきました。
実は恥ずかしいことに、今になっても時々やらかしてしまいます。
そうなんです、いつまでたっても未熟なままなのですね。
かのソクラテスが、こんな意味のことを言っています。
   『分からないということが分かったのだ』
この言葉を思い出すたびに少し元気が出てきて、未熟な自分だっていいのではないか、
と私は気を取り直すのです。
そうだ、分かったようで分かっていないのだ、でもそれでいいのだ。
だから次にまたチャレンジするのだと。
確かに私は人を傷つけてしまったかもしれない、何人、何十人、何百人という人を…。
そして、その人たちには二度と会うことはできないかもしれない、謝ることもできないかもしれない。
だからこそ、これから出会う人たちには、精一杯の気持ちで言葉を伝えようと試みるのです。
相手には相手の世界というものがある、それを壊すことなく私の言葉を <手紙>のように送り届けようと思うのです。
とりあえず受け取っていただいてありがとうございます。
自由に読んでくださいね、気に入らなければ捨てていただいて結構です。
でも、何か感じていただけたらそれはそれで嬉しいです。
よかったら、あなたの言葉も聞かせてくださいね。
        ・・・・・・・・・・・・・・
そして、かつて私が傷つけてしまったかもしれない人のことを思うのです。
ごめんなさい、いつかまた言葉を交わせることを願っています、と。  


Posted on: 3月 9th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments