言葉の怖さ(2) ~抜け殻 | エフ カウンセリングオフィス

言葉の怖さ(2)~抜け殻

PAK14_bistoroqtable500

前回の続きです)
いつの頃からか、誤解されるくらいだったら黙っていた方がいいかもしれないと 思うようになりました。
黙っているといっても「しゃべらない」わけではありません。
自分の本心を言わない、核心に触れる話題を避ける。
そういうことです。 いつも当たり障りのないことしか話さない。
自分を守るためにガードを固くすると同時に、他人の地雷を踏まないように 細心の注意を払って話題を選ぶ。
会話の流れを先読みして安全地帯に持っていくようにさりげなく操作する。
こんなことに私は慣れていきました。
いつもにこやかにしてはいたけれども、私と話をしていた人は
何か得体のしれない不気味なものを
感じていたに違いありません。
存在感が感じられない、手応えのない正体不明の物体、それが私だったのだと思います。
言葉というものに過敏反応してしまう、言葉の裏側に隠されている意図を追求せずには いられない。
人の言葉を言葉通りに素直に受け取れない。
苦しくて仕方がありませんでした。
そして自分もまた、言葉の裏側に本心を隠す、言葉通りの素直な気持ちを相手に伝えない。
そうです、言葉に「細工」をすることが当たり前になってしまったのでした。
言葉がとても怖いものに思えたからです。
私の対人恐怖症は、こんなことが原因だったのかもしれません。
自分で自分の首を絞めていたようなものです。
そして、「言葉」そのものの意味よりも、もっともっと重たいものがあるとは夢にも思いませんでした。
言葉を発しているのは生身の人間です。
どんな言葉を口にしたところで、どんなに手を尽くしても細工をしても、
その人の「本心」というものは嫌でも表に出てきてしまう。
そういうことがやっと私はわかるようになりました。
声のトーン、リズム、勢い、間合い・・・。
いろいろなものが、その人の中からにじみ出てくるものなのですね。
声だけではありませんね。
どんな姿勢で、どんな表情で、どんなしぐさで?
そしてその人は話すときにどんな目をしているのでしょうか?
「言葉」が怖いのではありませんでした。
「人の気持ち」が私に迫って来る。
その重圧、その迫力が怖かったのかもしれません。
そんなことを感じるようになってからは、一度人の口から出てしまった言葉、
というものにあまり怖さを感じなくなりました。
それは言ってみれば「言葉の化石」のようなものだと思うからです。
そこにポンと置かれた言葉にその人の「今」の気持ちは存在していないわけです。
人の気持ちは一瞬一瞬で変化しているからです。
その<瞬間の>人の気持ちというものは、「その人の中」にだけ存在することができるのだと 思います。
だから人の内面から空中に放り出されて、地面に落ちた抜け殻のような言葉に、
いつまでも頭を悩ませたり苦しんだりしなくてもいいのだと思うのです。
大切にとっておきたい言葉だけ、自分の手元に置いておけばいいのです。
「化石」となった言葉は、捨てるのも取っておくのも自分の自由なのですから…。  


Posted on: 4月 19th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments