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i クライシス~自分を見失うとき

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自分って一体どんな人間なんだろう?

こう考える時、私の場合は「長所」と「短所」が頭に浮かんできます。
浮かんでくるというよりは、必死に考える?
とりわけ長所を何とかひねり出してみる、という感じに近いかもしれません。
短所の方は努力しなくてもゾロゾロと思いつくのですが・・・
この「長所と短所」というくくり方って、子どもの頃からのお馴染みのコンセプトというか、<考え方>ですね。
学校の通信簿にもこんな欄があったような気がするし、履歴書なんかにも記入しますよね。
あとは自己PRカードの類とか。
なんだか正直言って「うっとうしい!」と最近思うのです。
なに?長所と短所って、と。
「長所」という言葉には<あなたはここが強みなんだから自信を持ちなさい!>というメッセージが、
「短所」という言葉には<あなたはここがダメだから反省して努力しなさい!>というメッセージが プンプン匂うんですよね。
そして、そのメッセージは誰が発信したものかがよく分からない、正体不明で不気味、
でも底知れぬ重圧感があるんです。
社会で成功している人は「長所」が多いのだろうか?
悩んでいる人は「短所」が多いの?
こんな連想をしてしまうのは私だけでしょうか?
何か違うような気がする、違和感を感じるんです。
窮屈だなあ、と。
「長所」だけじゃダメ? 「短所」も同じ数だけ数え上げないとダメなわけ?
こんな風にも思います。
ちょっと乱暴かもしれませんが、わざわざ自分の短所を掲げなくても良いのではないかとも思うんです。
「私はここが弱点なんです、苦手なんです」
一見するとすごく謙虚なような気がしますが、これって自分の可能性に蓋をしているような気がします。
もしかしたらそれは思い込みにすぎないかもしれない。
もったいない!
言い換えると「自分に対してちょっと失礼なんじゃないですか」って。
自分に自分でラベルを貼ってしまうと、そこで<私は○○という人間>というキャラクターが出来上がります。
人間というものは刻一刻、変化し続けているものだと私は感じています。
だから、そうやって自分にラベルを貼ることをしてしまうと、そのラベルに自分を合わせなければいけない
という義務というか任務のようなものが発生してしまう・・・。
本当の自分は別のことをしたいのに、<○○という自分>に合わせるためにイヤイヤ義務を 果たさなければならない・・・。
これは苦しいです。
葛藤を生みます。
自分が真っ二つに引き裂かれてしまいます。
本当の自分を取り戻すために、他人からの評価とか、世間一般の価値観とか、
そういったものを一度わきに置いてみるのもいいかもしれません。
自分はどういう人間であるか。
良いか悪いかで考えるのではなく、ありのままの自分を見つめてみる。
そんな勇気を持ちたいと、私は強く感じています。


Posted on: 5月 10th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments