「親」という名の学校から卒業するとき | エフ カウンセリングオフィス

「親」という名の学校から卒業するとき

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「アダルトチルドレン」をいう言葉を目にしたのはいつの事だったでしょうか。
もう何十年も昔の事ですね。
AC関連の書籍を何冊か読み、その時は「ああなるほど」と思えました。
自分は悪くない、そう思えただけで気持ちが軽くなった気がしました。
でも、それだからと言って自分の辛さが解消するわけではありませんでした。
親が悪い、自分を取り巻く人間が悪い、社会が悪い、この世界が悪い・・・。
そう思えば思うほど苦しくなっていきました。
問題が大きくなるばかり、倒すべき敵が巨大になるばかりだったのです。
原因をつぶそうと考えれば考えるほど、その「原因」と思われるものの虜<とりこ>になっていきました。
そのことばかりを考えるようになっていきます。
そして、恨みつらみ憎しみと、ネガティブな感情の海に私は溺れていきました。
気が付いたらそこから抜け出せなくなっていました。
まるで底なし沼のようです。
今なら断言できます。
解決するための方法の一つは、「そこから抜け出すこと」。
そこから離れることです。
自分の手には負えない、今すぐ変えることはできない。
物理的に離れることができないのなら、精神的に距離を置くのです。
そこにとどまっている限り、そこには「規則」があり、それに従わなければなりません。
ただし、「規則」に従っていれば「特典」がもたらされます。
その「特典」は魅力的ですか?
自分の人生にとって「必要不可欠」なものですか?
そうでなければ、その場所を離れてみてはどうでしょう。
もちろん簡単にはいかないでしょう。
勇気もいりますよね。
新しい世界が必ずしも「快適」だとは限らないのですから。
「親」から離れるというのは、学校を卒業するのに似ているかもしれません。
窮屈だった校則から解放される代わりに、これから先はすべて自分の責任にかかってくる・・・。
自由になるというのは簡単なことではないのかもしれません。
守ってくれる人がいなくなるわけですから。
世間の荒波にもまれながら、2度と戻ることのない「母校」での生活を懐かしく思い出す。
楽しいことはあまりなかった、先生から叱られてばかりいた・・・。
そんな学校生活だったとしても、魑魅魍魎がうごめく「社会」という環境からは隔離されて
守られていた生活ともいえると思うんです。
そして、一旦「学校」を卒業して社会に出てしまえば、学歴はあまり関係ありません。
試されるのは「自分」という存在です。
(まあ、学歴を気にする人もいますけれどもね。)
「学歴」で勝負するか、「自分」で勝負するか。
あなたはどちらを選びますか?


Posted on: 7月 1st, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments