罪悪感が邪魔をする | エフ カウンセリングオフィス

罪悪感が邪魔をする

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毎日蒸し暑いですね。

バテバテです・・・。
ブログ更新も滞ってしまいましたが、その間もご訪問いただきましてありがとうございます。
さて、本題です。
夢を持ちましょう! これ、よく目に(耳に)するフレーズです。
そんなことわかってるよ、うるさいよっ!って言いたくなりませんか?
私は言いたくなりますが・・・。
夢を持ちたくても持てない。
夢を持つことに罪悪感を感じる。
そんな人はいませんか?
私がそうでした(笑)。
夢や願望・・・それは希望に繋がりますよね?
それが持てないから辛い、苦しいのです。
そのような人に向かって「夢を持ちましょう」という言葉を軽々しく投げるのは酷ではないかと思うのです。
夢を持てなくなってしまったのにワケがあります。
夢を持つことを許されなかったのです。
幸せになってはいけない、幸せになる資格などない。
お前にはそんな価値などないのだ。
一生苦しむがよい、それがお似合いだ。
そんな声が聞こえてくるわけですよね?
その声の持ち主は他ならぬ「自分」であるのですが、
そんな自分を直視することはとても辛いことです。
未来が見えません。
絶望的になります。
この絶望の淵から這い上がるには希望が必要だ、だから夢を持たなければいけないのだ。
頭では分かっているのですね、夢や願望を持つことの必要性を。
でも、持てない。
なぜなら「罪悪感」が邪魔をするからです。
この「罪悪感」の正体は一体なんなのでしょうか?
それは、「自分は幸せになってはいけない、なれるはそれはずなどない」という
「自分で作り上げたルール」です。
なぜこんなルールを作り上げてしまったのかというと、生き延びるため、なんですね。
人によって生まれ育った環境は様々だとは思います。
でも、こんなルールでもなければ自分の置かれた環境の理不尽さを説明することができない。
それほどまでに過酷な環境だったとも言えるのではないでしょうか。
でも、この<からくり>に気が付いてしまえば、もうルールは用無しです。
自分の価値というものは環境に左右される必要など全くないのですから。
自分の価値は自分で決めればよいのです。
私はそう思います。
「罪悪感」という、自分を縛る不自由なルール・・・。
捨ててしまったらどうなるのだろう?
そんな不安もあるかもしれませんね。
自分が閉じ込められていた檻の中から外に出る不安、ともいえるかもしれません。
檻の中は不自由であったけれども狭い世界だから見渡すことができた。
檻の外の世界は広すぎて全てを見渡すことができない。
さてどちらを選ぼうか?
究極の選択、かもしれませんね。
まずは檻の中と外、行ったり来たりして試してみるのはいかがでしょうか?
自分の気が済むまで試してみて、吟味してみるのが良いかもしれません。
人生は一度きりです。
納得がいくまで自分で確かめてみる、感じてみる。
そのために時間をとるのも、悪いことではないと思います。


Posted on: 7月 31st, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments