マイノリティ街道をゆく(3)~不幸の選択 | エフ カウンセリングオフィス

マイノリティ街道をゆく(3)~不幸の選択

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前回の続きです)

「不幸な自分」を作り上げてゆくことで、不安というものから逃れることができるような気がした・・・。
何とも不毛な試みです。
でも、そうすることしかできなかったのです。
他の方法を知りませんでした。
教えてくれる人がいませんでした。
というより、「知ろうとしなかった」のかもしれません。
新しいことに触れることが怖かったのでしょう。
なぜなら「新しいこと」には「新しい人との出会い」がつきものだからです。
そうなんです、私は「人」がこわかったのです。
自分の存在を脅かされるような気がして。
「人」そのものが私の不安の正体だったのかもしれませんね。
人はそれぞれ価値観も違えば感じ方や考え方も違います。
その「違い」が私にはとても強烈だったんです。
「違い」に遭遇すると戦わなければならない気持ちになってしまう。
どっちが正しいのか、間違っているのか。
はっきりと勝敗をつけなければならない。
そんな義務感にも似た気持ちに襲われてしまうのでした。
そして、その勝負はとてもエネルギーを消耗します。
当たり前ですよね。
そもそも人の価値観や考え方に優劣はないのですから。
そんなものに無理やり優劣をつけようとするから摩擦が生まれるのです。
そこに私は気が付きませんでした。
人間関係の中で摩擦が起きると、少なからず傷が生じます。
誰かが傷つく、誰もが傷つく。 そういう事が起こってくるわけです。
自分が傷つくのは辛いですよね。
人を傷つけても別のつらさがありますね、むしろ自分が傷つくよりつらいかもしれません。
そこには罪悪感が生まれますから。
罪悪感は「能力がない」(と感じている)自分へのダメ出しでもあるのです。
自分も傷つき相手も傷つけてゆく・・・。
この救いようのない渦の中に落ちていくのが底知れず恐ろしかった・・・。
だから本心で人とコミュニケーションすることを止めてしまいました。
まるでロボットのような人間になってしまいました。
そして、誰かから何かを教えてもらう、そういう事が出来なくなりました。
自分で拒否してしまったのです。
こうして不幸でいることを「選択」してしまったというわけです。
では、何がきっかけとなって、私はその「不幸の選択」を手放すことができたのでしょうか?
(次回に続きます)


Posted on: 11月 6th, 2012 by エフ カウンセリングオフィス No Comments