アダルトチルドレン(AC)の悩み | エフ カウンセリングオフィス

アダルトチルドレン(AC)の悩み



アダルトチルドレンの悩み・・・・・
それはすべてといっていいほど「自分らしさの欠落」が関係しています

いいかえると、「自分がこのまま自分らしくいてもいいのだ」と思えない…。

自分らしさの欠落
これは「考え方を変える」ことだけではどうにもなりません。
もちろん、考え方を変えるということも悪くはないのですが、
それだけでは不十分です。

アダルトチルドレンから抜けていくことができるか否か
それは、いかに自分を取り戻せるか、にかかっているといっても過言ではありません。

自分はダメな人間なんだ、自分が悪いんだ

 アダルトチルドレンを自認している人に共通するこの思い…
いつの間にか自分の頭の中に巣食う、この「異物」ともいえる考えを
排除していくことはとても重要です。

ところが、長い間に知らず知らずに積み重なってきているので、
排除しようとすると激しい抵抗を感じたりします。

ここで焦って一時しのぎ的な対応をすると、ますますこじれてしまいます。
考え方を半強制的に変えようとしてみたり、感情を押し殺してみたりといったことは、
残念ながらさらに自分を追い詰めていくことに繋がってしまいがちです。

丁寧にじっくりと、そしてある時には思いっきり、自分に向き合う…
自分に向き合うとは、自分を否定しないということです。
自分を指定するということ自体が不自然なことなのだという認識が必要です。

断固として自分を肯定する、自分をジャッジしない、
そのような腹決めをやっていくことが大事になります。
以下、重要なテーマを一つ一つみていきます。


【1、親への怒り、恨み、憎悪などが消えない】

一般的に、怒りとか恨みという感情は「悪い感情」もしくは
「ネガティブな感情」「マイナスな感情」として捉えられ、
そして語られるということが多くあります。
あるいは、なにかこう「恐ろしいもの」というニュアンスが
醸し出されている場合もあります。

消そうと思ってもなかなか消せない。
あるいは、消えたかなと思っても
時間がたつとまた噴き出してくる。
この繰り返しが延々とやってきたりします。

意志の力だけでこの繰り返しを止めようと思っても
なかなか難しいことが多い傾向があります。
怒りのように「湧き出てくる感情」というものは
理屈だけでは割り切れなかったりします。
それを理屈で何とかしようと「考えて」みても
なかなか出口みつけるのは厳しいものがあります。

本やネットを見れば「許しましょう」という類の言葉が
目に入ってくることもあるでしょう。
「親に対してネガティブな感情を抱くなんて
これは悪いことなのだ、親不孝だ…。」
このように感じてしまうこともあるかもしれません。
無理もないことです。

でも、そもそも感情に良いも悪いもないのです。
ましてや正しい間違っている、というのも
感情の性質を考えると本筋からずれてしまいます。

大事なことは「怒り」が湧いてきている、というその
自分にとっての事実なのです。
自分を否定せずにまずは自分の感情を認める。
これがACの克服にとって必要不可欠な大事なステップです。

このスタートラインに立って初めて、
「私の怒りは『何』に対してなのだろう?」という、
自分を救うための本質的なテーマに切り込んでいけることが
可能となってくるのです。


【2、親とのいさかいに疲れた】


親との間に言い争いが起きたり
激しく意見が衝突したりということも多発する…
そんな状況に置かれている方も少なくないでしょう。

いさかいというものには多大なエネルギーがかかります。
回数を重ねるごとに消耗もしていきます。
そして厄介なことに、解決糸口が見えないと
疲労感が増していってしまいます。

何度も何度も言い争っても、
こちらの言いたいことが伝わりもしなければ、
ましてや理解しようという姿勢も見受けられない。
そんな相手とのいさかいは、果てしなく続く苦行のようです。

この無限ループから脱出するには、
いさかいから手を引くことが一番手っ取り早いと言えるでしょう。

ただ問題は「そう簡単には手を引けない、諦めきれない」という思いです。
これまで長い間エネルギーを注いできたことを、
ある日突然「やめてしまう」ということはとても難しいように感じられます。

今度こそは理解してもらえるかもしれない…
そんな一縷の望みが残っている限り、
親とのいさかいから手を引くことは非常な困難が伴います。
これがACの苦しいところでもあるのです。


【3、親に理解されたことがなく寂しい】


子というものは自分を守ってくれる存在を必要とします。
何も持たず、そして何も知らずに、
この世に生まれてきた子どもが生き抜いていくためには、
まずは自分を保護してくれる人が絶対に必要です。
多くの場合、その存在は「親」といえるでしょう。

生存するために必要なの環境を整える。
例えば、衣食住。
肌触りの良い衣類、
滋養のある食事、
清潔で心地よい部屋・・・
ほかにもいろいろありますが、
もちろん、これらすべても完ぺきに整えることが
必要だ、というわけではありません。

時には不十分にしか整えられないこともあるでしょう。
事情はいろいろ、しょうがないこともあります。
問題の本質はそこではないのです。

「のどが渇いた・・・・」と思って言葉にしたときに
果たしてお母さんは、あなたの声を聴いてくれようとしたでしょうか?

「どうしたの?のどが渇いたのね?」と聴いてくれていたら、
「うん!」と言えたのです。

「うん、そうだよ!」
このひとことが言えるか言えないか、
それは子どもにとってはとても大事なことです。
なぜなら「うん!」と言えた時にかんじること、
それこそが「理解されたという実感」だからなのです。

この理解されたという実感は、
守られているという安心感に繋がるといっても
過言ではないのではないでしょうか。

たとえ物質的には満たされていたとしても、
この理解されているという実感・安心感がなければ
不安定な心持ちのまま時間を過ごしていくことになります。
それは子どもにとって非常に孤独で辛いことになります。